春、新しい人生の門出を迎えた方も沢山いらっしゃる事でしょう。
この春、大学を卒業した長男は、自分の道を自分で決めて進もうとしています。
母親としては応援するのみ。きっと彼なりに色々悩みつつ考えて選んだ道でしょうから。
私は音楽大学を卒業しましたが、社会に出た時は全く違う道を選びました。
マイク片手に人前でしゃべる仕事です。
Tがつく車メーカーのショールームに勤務し東京モーターショーなども経験しました。
研修はアナウンサーの原稿読みやモデルウォーキングなど。12cmヒールには泣きました。
その後は、Yという音楽会社の事業開発室で新規事業を立ち上げるべく色々な企画に携わりました。
入社間もない人間がミュージックツアーの担当者として、ヨーロッパに行けた事は時代でしょうか?ニューヨークは湾岸戦争勃発で中止になり残念でしたが、企画力は身に付きました。
社会で働きながらもお休みの日にはピアノを教えていましたが、私はなぜピアノの先生という職業を選ばなかったのでしょう。
やはり違う世界をみたかった。
さらに私はピアノがすごく怖くて、曲を弾くのも自信が持てなかった。
お恥ずかしながら音楽高校から大学までピアノ漬けの毎日で職業の事など考えもしなかったのです。
そしてクラシックピアノがこんなにも難しくて大変なものとは知らなかったのです。
女性は25過ぎたら余ったクリスマスケーキという言葉もあって、寿退社はめでたいみたいな時代。
バリバリ働く友達もいましたが、結婚も仕事もは、なかなか難しかったです。
私もご多分に漏れず、寿退社。
専業主婦になり子育てしつつ、ちょっとだけピアノを教えたりちょっとだけ合唱の伴奏したり。
それでもほぼ母親としての役割が大きく、家庭第一主義でした。
息子達が巣立った今、思うのは、沢山の時間を子供と共に過ごしてきてホント良かったなって思います。
いつか子供たちは大人になり巣立っていく。
そしてようやく今、ピアノを続けてきたことに感謝してます。
でもこの経歴じゃピアノの先生としては劣等生かな。

3月下旬の浅草寺の桜。寒そうでした。